私が速読を習得できた理由

昔、私は本などまったく読まない人でした。

Google検索さえできれば、本など読まなくても生きていけると本気で思っていて、本を読む必要もまったくないと思っていました。
  
  
しかし今では本を読むようになり、速読を教えるレベルに成長することができました。

社会人1年目からシステムエンジニアだったこともありつつ、起きている時の大半はずっとモニターの前にいる生活をしてきたこともあって、ネット情報を読むことと本を読むことの違いにも気づくことができました。
  
  
先日たまたまGoogleで「速読」をキーワードに検索をしてみると、1ページ目に出てくるサイトの多くが「速読は不可能」とか「速読は嘘」といった、ネガティブなものでした。

速読否定論で否定の論拠が明示されていて、かつ納得のいく記事を私は見たことがありませんが、多忙な現代、タイトルだけで判断する人も多いので、その現れなのかなと思います。

ただスキルの差が付く意味で、関わるメリットが何一つないので、特に議論するような消耗をする気もなく。(と言いながら、『すごい読書術』の序章では若干否定論の否定を書いていますが…^^;)

しかし、本を読むのが嫌いで、国語の成績も底辺だった私が、速読をキッカケに本を読む感覚を身につけ、脳内パフォーマンスも上がり、出したい結果をしっかり出せるようになったことは事実です。

今日はなぜそんな活字嫌いだった人が速読できるようになったのか、その理由について考えてみたいと思います。
  
  

読書慣れしてなかったことが幸い?

まず私が速読できるようになった理由として、最初に考えられるのは「本をまったく読んでいなかった」ことが挙げられます。

速読の読み方は、最初から順を追って読んでいく普通の読み方とは違うテクニックや、なぞり読みとは違う速読術もあります。

共通しているのは、一般的な読み方とは何かしら違う部分が存在することです。
  
  
つまり、一般的ななぞり読みのクセがついていない分、違う読み方に変えようとするときのハードルが低くなったのではないかと考えています。

実際、私がこれまで指導してきた受講生を見ていても、活字嫌いだと言う人のほうが早く習得できるような気がします。コツを掴んだ後の伸び幅が大きくなる傾向もあるように思います。

読む行為に限りませんが、どんなことでも習慣化していることを変えるのはとても難しいことです。そのハードルがないのはかなりのアドバンテージになります。

もちろん、普段たくさん本を読む、本が好きだという人は、別の観点で伸ばしていけばいいだけなので、どっちがいいという話ではないのですが、読書に対する苦手意識と速読ができることに関係はない、これだけは知っておいてほしいところです。

本を読んでいる人ならではの速読習得ルート

では、普段から本をたくさん読んでいる人はどうすればいいのでしょうか?

いろいろ手段はありますが、1つ挙げるとしたら多読かなと思います。
※「思います」としているのは、私自身が元々本を読まない人だったので、元々たくさん本を読む方の感覚がハッキリとわからないため。
  
  
たくさん読もうとすることで、「いっぱい読むためには速く読まないと…」という意識が芽生えます。そしてスピードが徐々に上がっていくにつれて、気づいたらなぞり読みではなく、速読モードに変わっていきます。この状態に自分を慣らしていくのです。

体験会やセミナーなどでお会いする方に、読書速度を伺うことが時々あるのですが、速読を習う前から既に一定水準以上のスピードで読めた方にお話しを伺うと、皆さん共通して「もっと読みたいって思うと、段々飛ばし読みのような感じになってきて、でも内容は楽しんでいるので、飛ばし読みをしているわけでもなくて…」と話されています。
  
  
なぞり読んでたくさんの本を読むことには限界があり、その限界を突破するために、「たくさん読みたい!」という感情が速く読もうとするエネルギーに変わることで、速く読むことが自然と習慣化されていったのだと思われます。

つまり、本を読むのが苦手な人も好きな人も、目指すところは一緒で、黙読(頭の中で音読する読み方)から速読の読み方に変えることになるのですが、アプローチは様々あるのです。

同じ動作をしていても、目的意識が変わると結果も大きく変わる

「速読教室に通ってもよくわからないまま終わってしまった…」と言って、私のところに来る受講生は昔から(今でも)、定期的にいらっしゃいます。

私も最終的には教室通学することで速読習得に至ることができたわけですが、この差はどこから生まれているのでしょうか?
  
  
1つ挙げるとするならば、トレーニングに対する考え方です。

「考え方とかいいから、メソッドの違いを教えろ」と言ってくる方もたまにいらっしゃるのですが、メソッドそのものの違いよりもトレーニングに対する目的意識や考え方のほうが圧倒的に重要です。
  
  
たとえば、速読と聞くと目を動かすトレーニングをするイメージを持っている方が多いのですが、一般的には目を速く動かすトレーニングだと思われています。

もちろん目を動かすトレーニングには、その目的もあります。実際、私が速読を習っていたときは、そのように教えてもらっていました。

しかし眼筋トレーニングはそれだけが目的ではないのです。もっと言えば、人によって目的とするポイントは変わるのです。

目を速く動かすことを目的としてやるトレーニングは、どちらかというと速読をまったく知らない、若しくはトレーニングして月日がまだ経っていない初心者段階では適切な目的となるのですが、ある程度速く読める人が「目を速く動かす」事を目的に目を動かしていると、ハッキリ言って無駄な作業にしかなりません。

そして、目的が変わるということは、たとえばトレーニングをやる順番や時間などを、その人に合わせて変えていくと、より高い効果が生み出されることになるのです。

こうした部分まで考慮しながらトレーニングをしている人と、表面上のアクションだけを真似てトレーニングをしている人、やっている動作はまったく同じでも、何を目的としてそのアクションを起こすのかが違うと、違いに応じた結果の差が大きく現れることは容易に想像がつくことでしょう。
  
  
あと私が速読を習っていたときは、周りにいた生徒さんもかなり速読レベルの高い方が多く、感覚的には非常識と思われるようなスピードでやっていたトレーニング環境を「これが普通なんだ」と思ってトレーニングできたことも影響がありましたね。

すごい読書術』でも書いておりますが、自分の周辺環境が物事の理解に与える影響は非常に大きいです。

私の周りの環境が普通レベルだったとしたら、理解レベルも普通で終わっていた可能性がとても高かったのです。

学生時代を振り返ってもらうとわかるのですが、「勉強するぞ!」と思っている人が普通の学校にいると、勉強することを冷やかす存在が出てきやすくなります。しかし進学校に行くと、周りはみんな勉強するのが普通だと思う人になるので、勉強しようとする人を邪魔する要素がなくなります。どちらの環境に身を置いたほうが勉強できるようになるか、容易に想像することができます。
  
  
もちろん速読トレーニングなど、生涯ずっとやるものではなく、短期間どこかで集中的にやっておけば十分なものだと思います。

ただ、集中的にやると決めた時に周りの環境レベルが低いと、中途半端に終わる可能性が高いのかなとも思います。

こうした環境にも恵まれて、私は速読習得ができたのかなと考えています。



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ABOUTこの記事をかいた人

角田 和将(Tsunoda Kazumasa)

速読コーチ/ビジネス書著者/認定テクニカルアナリスト

著書に6ヶ月で10万部を超えるベストセラーとなった「1日が27時間になる!速読ドリル(総合法令出版)」をはじめ、『速読日本一が教える すごい読書術』(ダイヤモンド社)、『出口から考えるFX』(パンローリング)などがある。著者累計は10冊で27万部超え。