速読に関わって、何だかんだで10年。
いろんな質問を受ける機会がありましたが、そのなかでも特に多い質問が一つあります。
「(速く)読んでも、覚えられない…」です。
このブログも独自サイトに移設してから4年が経過しましたが、定期的にアクセスが多くある記事は「速読できない」、「速読だと内容理解ができない」といった、「○○できない…」になっています。
私のなかで「速読だと記憶できない」のテーマについては、速読講座のコンテンツやセミナーなどの場所では話していたので、ブログでも書いたつもりでいたのですが、改めて振り返ってみると書いていなかったことに気づきました…。
そんなわけで本日は、速く読んでも覚えられない原因と対策について書きたいと思います。
※速読と記憶の関係についての話、よくよく考えると出版でも、これまで6~7年、毎年出版してきた中でも触れてきていなかったことに気づいたので、次の出版の機会ではまとめたいと思います><
記憶には大きく2つの種類がある(記憶とは何か?)
まず一言で記憶といっても、その定義は様々です。
大きく分けると、記憶には2つの種類があります。
1.認識記憶
2.再現記憶
まず認識記憶とは、「見たことがある」ことは思い出せるけれど、詳細まで覚えているわけではない記憶レベルです。
たとえば『羅生門(芥川龍之介著)』の文章を見たとき、「あっ、中学生の国語の授業のときに読んだことある!」と認識できたり、どんなストーリーだったか概要は思い出せるけれど、文章の一字一句まで完璧に暗唱できるわけではない状態です。
対して再現記憶とは、詳細に一字一句間違えず、完璧に暗唱できるレベルで覚えていることです。たとえば九九の掛け算を1の段から9の段まで何も見ずに言える状態ですね。
ここでポイントとなるのが、文章レベルでの文字数を一字一句、すべて暗唱できるレベルで覚えることは、極めてハードルが高いということです。
仮に1行40文字で、3行くらいの一文があったとき、120個の文字配列を覚えることになります。
「120文字といっても、単語単位ならば15個くらいの単語を覚えるだけでしょう?」と考えると難しくない感じもしますが、これが1ページ単位(15行と仮定)になれば、225個の単語を覚えることになるのです。しかも単語の配列順も間違えずに。
「読むスピードを下げれば、1冊に載っている文字列(10万文字前後)なんて全部暗唱できる!」と言える人はおそらくほとんどいないでしょう。
つまり、再現記憶の領域で言えば、読むスピードと記憶にはあまり関係性はないのです。もっと言うと、再現記憶を実現するには、読むという行為とは別な作業、たとえば記憶術を取り入れるなどの対策を打つ必要があるのです。その対策と文章を読むアクションを混ぜ混ぜで考えてしまうと、「速読だと覚えられない…」と考えてしまいがちになるでしょう。
ちなみに、私は記憶の専門家ではないので参考程度という前提で触れておくと、私のなかで記憶術とは「情報を覚えやすい状態に加工処理する技術」だと考えています。
たとえば、「deny(否定する)」という英単語を覚えるとき、「この問題は試験にdeny(出ない)」といった、ダジャレや語呂合わせのように情報を組み合わせることで覚える方法など、覚え方はいろいろありますが、共通しているのは覚える情報を、自分が覚えやすい形に編集していることです。
文章を読み取りながら、このような情報編集作業を同時進行でやるのは、多くの人にとって難しいものになるでしょう。
文章理解を深める作業と同様、記憶も再現記憶のレベルで覚える場合は、「読む」と「記憶(情報編集)」は別プロセスと考える必要があるのです。
ご参考までに、記憶の種類と速読の関係性についての詳細は以下、『速読の教科書』にまとめておりますので、ご興味ある方はご一読ください。
なぜ「速く読むと覚えられない」となってしまうのか?
話が若干記憶術に寄ってしまったので、速読の話題に戻します。
再現記憶を求めるのは、「読む」とは別な作業が必要になるわけですが、では「読む」作業と同時に、どのレベルまでならば覚えることができるのか?
それは「認識記憶」のレベルです。速読(読書)で求めていく記憶の種類は「認識記憶」になるのです。
「速く読むと覚えられない…」となる人はほとんどの場合、「覚える=再現記憶」を求めています。
しかし前述したとおり、一冊の本に書かれている一字一句を完璧に暗唱レベルで覚えることを、文章を読みながら同時並行でやるのは極めて難しいのです。
では、再現記憶レベルで覚えられないからといって、読書(再現記憶と読むスピードは関係がないので)しても無意味かというと、そうではありません。
速く読んで反復して読み返すことで、認識記憶でもかなり深いレベルで覚えることは可能です。ただ、再現記憶と同等のレベルに到達するには、相当な反復回数を要することにはなりますが…。
そもそも、再現記憶を求められる場面は日常生活において、そう多くはありません。たとえば学校の定期テストや一部の資格試験のように、教科書やテキストの文章をそのまま穴埋め問題などで使われるときや、英語や古文単語などの語彙を増やす必要がある場面では完璧に覚える必要があるでしょう。
特に英文などは、英単語を再現記憶のレベルである程度覚えていないと、毎回調べながら文章を読むことになります。
「文章の内容をつかむには90%以上の言葉を知っている必要がある」とも言われており、それよりも語彙力が低い状態で英文を読むとなると、文章を覚えるとか理解する以前の問題になってしまうので、こうした場面では再現記憶のレベルで英単語を覚える必要があります。
ただこれらの場面を除けば、読んだ文章を一字一句完璧な再現を求められることはまずないのです。
たとえば、入学試験や資格試験で解く問題は、教科書やテキストに載っている内容から出題されますが、教科書に載っている文章のまま出題されることはまずありません。さらに言えば、出題されている問題文や選択肢にある言葉を見て、「あっ、見たことがある」と認識できれば、その周辺で読んでいた内容も関連付けられて思い出せる場合もあります。
またビジネス書を読まれる場合、書かれている内容を覚えたくて読むというよりは、今自分が直面している課題を解決できる気づきやキッカケを求めて読もうとするほうが多いのではないでしょうか?
つまり、文章リーディングで目指すゴールは多くの場合、書かれている文章を一字一句覚えることではなく、伝えたい内容をイメージで捉えることなのです。トレーニングにしてもテクニックにしても、速読というスキルは、このイメージをより速く、より深く描けるようになるために活用するものなのです。
仮に定期テストのような場面であれば、概要イメージを掴んだ後で先程挙げた記憶術、情報加工を考えるプロセスを実行すれば記憶レベルを「認識レベル→再現レベル」まで上げることはできますし、課題解決の場面であれば、自分に置き換えたときの解決策を考えることで目的は達成されます。
見方を変えれば、記憶しやすい情報編集や自分に置き換えたイメージを想像する時間を捻出するために、読む時間(認識記憶までもっていく時間)を減らす目的で速読スキルを活用する、と考えていくと、読書速度も上げつつ、記憶や理解も深めていくことができるのです。
余談:なぜ読書速度を追求せずに、速読の活かし方を追求しているのか?
ご参考までに、最速の読書速度で再現記憶のレベルを求めることについての考えを、私が過去、速読の検定や大会に出ていたときの経験を踏まえて少し書き残しておきます(ご興味ない方は次のセクションまで飛ばしてください)。
速読の検定や大会では再現記憶のレベルで、かつ、より速い読書速度が求められますが、このような競技的な場所で勝つ方法として、私は「時間が経って忘れる前に答えていく」やり方を取っていました。
一般的に、時間が経つほど物事は忘れてしまうことはよく知られていますが、「だったら、見た文章を忘れる前に回答すればいいんじゃない?」と私は当時考えていました。
結果的にその方法はうまくいったわけですが、同時に「この力を一生涯キープし続けるのは無理だな…」と思ったのです。
この力を別なフィールドでたとえると、FPS(ファースト・パーソン・シューティング)で求められる瞬間認識力や反応速度を老人になっても維持し続ける難しさに近い感覚かもしれません。
残像記憶のような感覚を持ちながら文章を読み取るのは、かなりハイレベルの瞬発的な力が求められるので、どうしても加齢には勝てない壁が出てくるだろうなあ…と思ったのです。
もちろん、そういった力はスポーツで言うところの筋トレに近く、劣えるとはいえ、同年代の平均から見れば全然高い位置になるので、トレーニング自体が無意味なものにはならないですし、「技は力の中にあり」という言葉もあるように、むしろ基礎体力ならぬ基礎脳力を上げるトレーニングは必須だと思っています(実際、私の速読講座でも一番最初に基礎脳力を上げることから取り掛かる構成にしています)。
いずれにしても、このような経験から、私は競技的な力を追求するよりも、年をとっても同世代の中では速く読めて、記憶や理解をより深められるスキルを追求していくほうが“自分にとっては”いいなあ…と思って、「大会で連覇」とか、そういう肩書きには興味がなくなりました。
そして、これは後々思うようになったことですが、そこまで超人的な力を追求するよりも、程々のレベル(でも結構高め^^)の速読力を、より多くの人が身につけたほうが、世の中への社会還元的な意味でもいいなあ…と思うようになり、これが速読指導を続けている根本的な考えにあるのです。
インプットでもなくアウトプットでもない、読書で最も重要なこと
また話が過去の回想となって逸れてしまったので、読書の話題に戻します。
「読む」と「記憶」を別な行動と考え、読む時間を短くして、記憶に関わる作業時間を多くすることで、速く読んで記憶(認識記憶)のレベルを上げることができることを前節でお伝えしました。
このように表現すると、人によっては「やっぱりインプットよりアウトプットが大事なのか」と理解する方もいらっしゃるかもしれません。
確かに本を読みっぱなしにして、何もアウトプットしないのでは、インプットした情報はまったく活かされないでしょう。
実際、ビジネススキル系の本やネット記事などを見ていると、「インプットとアウトプットの比率は3:7が理想的」など、アウトプット重視を謳っている説明をよく見かけます。
この表現、確かにその通りなのですが、もう少し深い見方をすることで、速読で記憶レベルを上げるコツが掴めます。
本を読んでインプットして、たとえばノートなどに書き出してアウトプットするとしたときに、一見やっていることは「インプット」と「アウトプット」だけに見えますが、もう一つ、とても重要な行動を無意識に皆さんやっているのです。
それは「思考(考える)」です。
情報というものは基本的に以下のような流れで処理されます。
【情報の流れ】
インプット(入力処理)⇒思考(演算処理)⇒アウトプット(出力処理)
おそらく3:7の表現は、思考のプロセスもアウトプットに含まれているのだと思われますが、ノートやブログに書き出したり、実際の行動に移す等のアウトプットよりも、本当に重要なアクションは「考える」部分なのです。
インプットされた情報をベースに思考の部分がしっかり固まっていれば、アウトプット自体の行動は、敷かれたレールの上を走る列車のような感じで単調な作業になっていきます。
逆に言えば、思考イメージが固まっていない状態でアウトプットしようとすると、考えるアクションとアウトプット作業を同時にやることになり、どっちつかずの状態となって、「うまくアウトプットできない…」と悩むことになるでしょう。
本を読んで、記憶や理解を深めるためには、読んだ情報がインプット、思考、アウトプットの3プロセスに分かれると考えて、思考プロセスの部分で「いかに記憶しやすい状態をつくるか?」、「自分に置き換えると、どういうことになるのか?」などを、なるべく多くの時間を使って考えることが必要なのです。
ご参考までに、私の速読講座「ActiveRead」受講生や修了生の方におかれましては、講座内にある「記憶重視型のアウトプットトレーニング」という講義、これはアウトプットという講義名こそ付けておりますが、真の目的はここで挙げた思考プロセスの段階で固める「記憶しやすいイメージ」をつくるトレーニング練習にあたります。
また「理解重視のアウトプットトレーニング」という講義も同様で、これもアウトプット自体が目的ではなく、思考プロセスの段階で文章理解を深めていくコツを掴む訓練が本当の目的です。
まとめ
今回の記事、余談が結構多くなってしまった気がするので、最後に、ここまででお伝えした内容をまとめておきます><
・速読で実現する記憶は認識記憶であって、一字一句の配列を順番も含めて完璧に記憶する再現記憶まで求めると、「記憶できない…」となる可能性が高くなる。
・認識記憶レベルでも、反復して読み返すことで、日常生活では十分な記憶レベルまで上げていくことは可能。
・語彙力を高めるなど、再現記憶を実現したい場面では、情報を覚えやすい形に加工する記憶術も活用する。
(参考図書:速読の教科書)
https://www.amazon.co.jp/dp/4820727850・定期テストや一部の資格試験など、教科書やテキストの文章がそのまま試験問題に出る場合を除き、思考力を問うような問題を解く試験やビジネス課題を解決する目的で文章を読むなど、ほとんどの場面では認識記憶で十分。一字一句を正確に覚え込むよりも、考える時間の確保を優先する。
・情報処理において重要なのは、インプットよりも、アウトプットよりも「考える」こと。考える時間がしっかり確保されるほど、アウトプット自体にかかる時間は短くて済むようになる。インプットの時間短縮は速読で。
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